エリート上司の甘い誘惑
指摘された唇の端には、確かに南蛮漬けのたれが少し付いていた。
紙ナプキンで拭いながら、横目で東屋くんを睨む。
「こんなとこで何もしませんって」
そうだ、ここは社員食堂で、今は皆お昼時。
沢山の社員の目が、ここにはあると、わかっているのなら。
「だったら、もうちょっと離れてよ」
「別にくっついてないじゃないですか。隣に座ってるだけだよ」
「わかってないな! 自分がどれほど人気者かわかってない、目立つの東屋くんは!」
うちの課は仲良しだから、なんか微笑ましい感じで見てるだけだが、他の課の女性社員から見れば、私は「あの女、東屋くんの何」という存在だ。
親し気にお昼一緒に食べてる、というだけで何か視線を感じる気がするというのに、東屋くんはそんなものどこ吹く風と言った様子だ。
「人気者って」
「何よ」
「周りにどう思われたって、さよさんに想ってもらえないなら全く意味ないんすけどね」
ひょい、と肩を竦めて彼は再びスマホの画面に目を落とした。
さらりと恥ずかしいことを言って、そんなことを言われたら私が反応に困るってこと、わかってるんだろうか。
解っててやってる感も、否めない。
「……東屋くんなんて、選び放題じゃないの?」
「そうですね、あんまり恋愛で苦労した覚えないですね」
「うーわー。やな感じ」
「社会人になってからは仕事しかしてなかったですしね。だから今すっげー苦労してるのが新鮮です。グーで殴られたのなんかほんと初体験っすよ」
「……う」
それを言われると、黙るしかない私。
あれは正当防衛だ、と思うけどさすがにグーはなかったかなと少し罪悪感もある。