エリート上司の甘い誘惑
立ち尽くし、見つめあったのは数秒。
「そうですか」
と小さな声で返事があった。
寂し気な微笑みで、手がいつまでも私の指を捕まえていた時のまま動かなかった。
東屋くんの、すがるような目が、辛い。
胸が苦しくなって、でも「ごめんね」と謝るのはいけないことのような気がした。
じゃあね、と駅でそれぞれの方面のホームに向かう。
振り切るように電車に乗ってやっと視線から逃れても、何故か落ち着かなくて座席は空いているのに扉の窓越しに立った。
微かに手が震えている。
怖かったわけじゃないけれど、誰かの好意をこんな風に無下にするのは初めてで、勇気は要った。
早く、帰ろう。
帰れば、落ち着くだろうか。
外気を伝えて冷たい窓に、頭を押し付けると深呼吸する。
その時、鞄の中の携帯が一瞬震えた。
「……あ」
遠慮がちに、ほんの数秒鳴らされた着信。
今は止まった携帯を、握りしめて自分の駅に着くのを待つ。
普段、こんな風にプライベートな時間にかかってくることはない。
余程、急ぎの仕事の連絡がある時くらいだけど。
今日もそうなのだろうか?
でも、そうじゃない気がする。
電車を降りて、急ぎ足でホームを抜けて改札を出て隅の方で一度立ち止まった。
……かけ直していいよね?
でもコールはほんの少しの間だった。
もしかしたら、間違ってかけてすぐに気づいて切った、とか?
どきどきして、すごく些細なことが気になって数秒悩んだ。
いや、でも。
着信は残ってるんだから、かけ直すのが当たり前だ。
思い切って、画面をタップする。