エリート上司の甘い誘惑
『……店は決まったのか?』
「あ、はい。今日行った店で即決で。良いお店でしたよ」
仕切り直しとでも言うように、突然話は切り替わる。
高見課長、やっぱり東屋くんに引き渡したとこまで報告したんだな、と気が付いた。
『そうか。会費とは別で、船盛でもデザートでもいいから人数分、頼んでおいてくれ』
「あ、ありがとうございます、いつも」
毎年そうだ。
部長や課長合わせて、上司の方々からの差し入れがある。
もしかして、それを伝えるためにかけてきてくれたのだろうか?
いや、でも。
別に、急ぐ内容でもない。
「お料理は品数が多いので、デザートでさせていただいていいですか? あ、でも。男性陣はお料理の方がいいかなあ、それとか飲み放題に含まれてないちょっといいお酒とか」
『女性陣を喜ばせておいた方が場は丸く収まる』
ふ、と吐息のような笑い声が、二人同時に生まれた。
急ぎでもなんでもない、連絡事項。
その事実が、くすぐったい。
『東屋は?』
「駅で別れました。すみません、さっき電話いただいた時は電車の中で」
『今は、まだ外?』
「はい。うちまであと……五分くらいのとこです」
本当は、いつもの速度で歩いていれば、もうそろそろ着くところ。
吐く息は白く空に昇るのに、少しも寒さを感じない。
じゃあ、あと少し、話せるな。
そう言った部長の声に、私の歩幅はまた、小さくなった。