エリート上司の甘い誘惑
『……まだ外なのか』
「あ、はい」
『家に帰る途中?』
「その……駅に向かってて」
『なぜ』
「…………園田さんが」
嘘を吐くのも変な気がするのと、やっぱり一人では心細いのに負けて、ぽろっと話してしまった。
助けてほしいというよりも、今はこのまま電話を切らないでほしかった。
園田がたとえ近づいて来ていたとしても、電話中なら迂闊なことはしないだろうと思ったからだ。
つい後ろから来る足音に敏感になる。
時折ちらりと振り向いて、人影がないことに安堵しながら先を急ぐ。
『このまま、電話を切るなよ』
部長も私と同じことを考えてくれたみたいで、心底ほっとして涙が出そうだった。
これで暫く話をしながら駅まで出られれば、なんとかなる。
「はい、ありがとうございます」
『なるべく人通りの多い道を歩いて、駅の目立つところに立て』
「はい」
『……ろくでもない猿だなあいつは』
「……あはは、」
ほんとに。
これから子供が生まれて幸せな家庭を築いていく人が、私なんかにいつまでもこだわって、一体どういうつもりなんだろう。
「あの。園田さんって、元々ああいう人なんですか」
『入社してから数年は、女癖の悪さで有名だった』
「……そうですか」
高見課長から聞いていたけど、やっぱりそうなのか。
自分の男を見る目のなさにも、ほとほと泣きたくなる。
すきだって思ってた過去の日々も、ひたすら空しい。
面と向かってしまうと、その虚しさに拍車がかかってしまいそうで、だから向き合いたくないのもある。
『西原が入社する前の話だ。お前は知らなかったかもしれないな』
事情を知らないはずの部長の声が、まるで私を慰めてくれているような気がして、少し気分が救われた。