エリート上司の甘い誘惑
一歩下がると、マンション前の縁石に踵が当たる。
距離は、近づいたままだ。
気圧された私を見下ろす東屋くんの表情が、少し緩んだ。
……あ。
まずい。
向こうにペースを掴まれる、と瞬時に悟る。
「大体さあ、帰りたくない、とか。普通女の常套手段だよな」
「え、違うあれはほんとに帰りたくなくて、自分の部屋に」
「へー」
「別に東屋くんと一緒に、という意味じゃ」
言えば言うほど地雷を踏む私に、東屋くんの笑顔に真っ黒い影が差し、また一歩距離が近くなる。
でもだって、「ほんとは一緒にいたかったの」なんて言えないでしょうが。
「まー……さよさんにそんなつもりがないのはわかってたけどね」
「そ、そう? 良かっ、」
「そんなつもりがないのが問題だよね」
急に伸びてきた手に、首の後ろを捕らえられた。
咄嗟にもう一歩下がろうとしたら、後ろが縁石だったことを忘れていて。
「わ、」
足がつっかえてバランスを崩し、慌てて彼の腕を掴んでしまった。
もう片方の手が、私の腰を支える。
まるで抱きしめられるような互いの近さに、驚いて顔を上げた。
「慌てるさよさんも、可愛いね」
いつもの、人懐こいだけじゃなく、どこか余裕のある大人の表情に心臓が跳ねた。
身長差があり過ぎて、まるで空を仰ぐような姿勢で、がっしりとした手に腰を支えられている。
距離を取ろうと両手で彼の身体を押し返しても、びくともしない。
少しも乱暴ではないのに。
力の差があるのだと、感覚で教えられる。