エリート上司の甘い誘惑
詭弁だよ。
誰だって、そんな簡単に割り切れたら、失恋で髪を切ったり手首を切ったりする女なんていなくなる。
上手く言い返せればよかったけれど、彼の言うことはきれいごとでも間違ってはいなかった。
視線から必死に逃れようと肩を強張らせて俯いて、反論する。
「そんな、簡単に言わないでよっ」
「簡単、じゃない?」
「は?」
「記憶なんかより、今傍にいる人間にちょっとは目を向けてみたら」
ぐっ、と腰に絡んだ腕に力がこもり、より強く引き寄せられる。
背が反り返り、上向いた私の目の前に、東屋くんの顔がすぐ間近に飛び込んで来た。
前髪が額を擽る。
え、と気付いた時には唇が触れ合った。
彼の顔を押しのけようとした片手が、指を絡めるようにして捉えられ、強く引き結んだ唇を温かく柔らかいものが撫でた。
「さよさん」
「や、んっ……」
否定の声を上げようとしてほんの僅かに開いた隙間から、強引に入り込もうとする。
お酒の匂いがした。
でも、酔ってない、彼も私も。
このキスを受け入れたら、記憶も感覚も全部溶かされそうな気がして消えてしまいそうな気がして、咄嗟にもう片方の手が強く拳を握る。