クールな次期社長の甘い密約
ただでさえ出社途中の社員が立ち止まり注目している。そんなところで専務専用の社用車から私がヒョッコリ顔を出したものだから、さぁ、大変。
男性社員の低く唸る様な声と女性社員の悲鳴にも似た叫び声が入り混じり、玄関前は軽くパニック。でも、一番動揺していたのは、恐らく私。
まるでコソ泥みたいに背中を丸め専務の後ろチョロチョロ着いて行く。
周りから漏れ聞こえてくる会話は決して好意的なモノばかりではなく、中には私に対する心無い言葉もあった。想像はしていたものの辛くて居た堪れなくなる。
子供の頃と同じだ。目立つ事をすれば、必ず暴言を浴びせられる。だから地味に生きてきたのに……また同じ事の繰り返しだ。
顔を伏せ、一刻も早くこの場を去ろうと思った。でもその時、前を歩いていた専務が突然立ち止まる。
そう、私は忘れていた。誰も助けてくれる人が居なかったあの頃と今では決定的な違いがあったんだ。今の私には最強の味方が居た。
振り返った専務の大きな声がエントランスに響き渡る。
「文句があるヤツは、一歩前に出ろ!」
専務にそんな事を言われて前に出る社員なんて居ない。騒がしかったエントランスは一瞬にして水を打った様に静まり返り、物音一つしない。
「この際だからハッキリ言っておく。大沢茉耶は俺にとってかけがえのない大切な女性。俺の方が彼女に惚れたんだ。だから何か言いたい事があるなら茉耶にではなく俺に言ってこい。いいな!」