クールな次期社長の甘い密約
しかし、専務は先輩の顔を見る事無く「すぐに人事部長を専務室に呼べ」とだけ言うと、再び革靴の足音を響かせ足早に去って行った。
専務の姿が見えなくなってザワついていたエントランスがやっと落ち着きを取り戻すが、私は腰が抜けて立ち上がれず、前を見据えたまま呆然としていた。
専務に、あんな激しいダメ出しされるなんて……もう絶対クビだ。
呆れ顔で手を差し伸べてくれた先輩に、恐る恐る聞いてみると「クビはないでしょ。でも、間違いなく配置転換でしょうね。まぁ、その方があなたの為にはいいんじゃない?」って答えが返ってきた。
あぁ、確かに……不向きな受付で神経をすり減らすより、配置転換になる方がよっぽどいい。
そう思ったら気持ちが少し楽になり、人事部長に内線を掛けている先輩の隣りの椅子に笑顔で腰を下ろす。でも、私のせいで人事部長が専務に怒られると思うとちょっぴり胸が痛んだ。
専務、凄い剣幕だったもんな。人事部長、降格とかされなきゃいいけど……
要件を伝えた先輩が受話器を置いたのを確認し、迷惑を掛けた事を詫びると、先輩が初めて優しい笑顔を私に向けてくれた。
「あなたとは短い付き合いだったけど、面白かったわ。専務と話しも出来たし、感謝しないとね」
「はぁ……」
それからなぜか冗舌になった先輩が、自分の事や津島物産の内情を色々教えてくれた。
先輩の名前は、森山 光(もりやま ひかり)さん。入社八年目の二十九歳。受付一筋のベテランさんだ。