クールな次期社長の甘い密約
――翌日
昨夜は、なかなか寝付けなかった。それは母親も同じだった様で、何度も寝返りを打っては、ため息を付いていた。
朝目が覚めたら全て夢だった……なんて事にはならないだろうか。そんな微かな期待を込めて瞼を閉じたんだけど……そんな都合のいい願いなど叶うはずはない。
これは紛れもない事実で、変えようのない現実――……
私と母親は、あえて昨夜の事には触れず、朝食を済ませて出掛ける用意をしていた。でも、私には一つだけ、どうしても母親に聞きたい事があったんだ。
「ねぇ、お母さん、何が原因で信用金庫の支店長と喧嘩したの?」
「えっ?」
「借入金を全額返済しろだなんて、ちょっと喧嘩したくらいでそんな事にはならないでしょ?」
しかし母親は慣れた手付きでツケマを付けながら「あの支店長、性格悪いのよ」って唇を尖らせるのみ。喧嘩の理由を話そうとしない。
「まぁね、今更理由を聞いたところで、どうにもならない事だけど……」
諦め気味に呟き、自分の財布から二万円を取り出して念入りに口紅を引いている母親の前に置く。
「何よ、これ?」
「お母さんも久しぶりに東京に帰って来たんだから行きたい所あるでしょ? このくらいしか出せないけど、楽しんできて」
「茉耶……」
「じゃあ、私、そろそろ出るから……戸締り忘れないでね」
精一杯の笑顔を母親に向けるとスペアキーを手渡して部屋を後にした。