クールな次期社長の甘い密約

『キャンセルって……どういう事ですか?』

「すみません。本当に……すみません」


声が震えてそれ以上、喋る事が出来なかった。倉田さんがまだ何か言っていたけど、構わず受話器を戻し涙を拭う。


「大沢さん、大丈夫? なんだったらもう帰っていいわよ」


そうだよね。こんな調子じゃ仕事にならない。無理してここに居ても迷惑を掛けるだけだ。


森山先輩に何度も詫び、早退届を書いて総務部へ提出しようとエレベーターを待っていたら、隣の役員専用のエレベーターの到着音が聞こえた。


降りてきたのは、倉田さん。彼は私に気付くと手に持っていた早退届を奪い取り、それと私の顔を交互に見つめる。


「早退の理由が書かれていませんが?」

「……すみません」

「謝る必要はありません。私の質問に答えて下さい」


そんな事言われても、彼に家の事情を話すワケにはいかない。一言「帰ります」とだけ言って倉田さんの手から早退届を取り戻そうとした。けれど、その手を掴まれエレベーターに押し込まれる。


「なっ、放して下さい」


しかし、抵抗虚しく、エレベーターの扉が開くと腰を抱えられそのまま誰も居ない廊下を引きずられていく。


倉田さんが立ち止まったのは、書類保管庫のドアの前。薄暗い部屋の中に入るとインクの独特な匂いがして蒸し暑い空気が肌に纏わり付く。


「一方的にキャンセルと言われても困ります。それは、大沢さんが泣いていた事と関係があるのですか? 答えなさい」

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