クールな次期社長の甘い密約
私達は、以前、倉田さんに殺されそうになった書類保管庫に来ていた。相変わらず蒸し暑い部屋は薄暗く独特な匂いがする。
「木村君が専務の子供を妊娠した……?」
これには、さすがの倉田さんもポーカーフェイスは居られない様で、顔を引きつらせ呆然としていた。
「間違いないのですか?」
「専務は否定してましたが、おそらく間違いないかと……」
「そうですか……この事が公になったら大事ですね」
そう言った倉田さんが目を細め「……アナタも辛かったでしょう?」って切なそうに呟く。
「結婚前の一番幸せな時に、残酷な事実を知らされたんですからね」
「あ……」
倉田さんに言われて初めて気が付いた。そうなんだ。私は今一番幸せでなきゃいけなかったんだ。けれど実際は、専務の顔色を窺いながら束縛に耐える息が詰まりそうな同棲生活。
「しかし、私はもう専務秘書ではありません。専務が私を頼る事はないでしょう」
倉田さんが寂し気にため息を付くと彼のスーツのポケットから微かにスマホが震える音がする。一旦、会話が途切れスマホを手にした倉田さんだったが、ディスプレイを見た瞬間、その表情は一変する。
「専務からです」
「えっ……」
「黙っていて下さい」
人差し指を唇の前に立て電話に出た倉田さんが真剣な顔で一言「すぐに伺います」そう言って電話を切る。
「あの、専務はなんて?」
「何も……ただ、専務室に来いと言われました。多分、木村君の事でしょう」
慌てて書類保管庫を出て行く倉田さんを、私は複雑な気持ちで見送った。