クールな次期社長の甘い密約
「はい、ギリギリ間に合ったみたいですね」
「あぁぁ……倉田さん」
もう一生、会えないと諦めていた倉田さんが突然目の前に現れたんだもの。冷静では居られない。専務が傍に居るって分かっていても気持ちを抑える事が出来ず、倉田さんの元に駆け寄ろうとした。しかし……
「倉田、何しに来た? お前にはもう用はない。失せろ!」
専務は私の腕を引っ張り、更に怒鳴る。
「今日は俺と茉耶の結婚式だ。そして、俺の社長就任が発表される記念すべき日。お前とこんな所で話しをしてる暇はないんだよ!」
ようやく信号が変わり、通り過ぎて行く車のクラクションが止んだと思ったら、今度は四方八方から人が押し寄せて来る。しかし、私達は微動だにせず、視線を絡め合っていた。
そんな中、一番始めに動き出したのは倉田さんだった。彼はいつものポーカーフェイスで軽トラから取り出したアタッシュケースを専務の足元に投げ捨てる。
「貴志、受け取れ」
「なんだこれは?」
「お前が大沢さんを縛り付けていたモノだ。五千三百万円入っている。これで大沢さんを自由にしろ」
五千三百万……? うそでしょ?
「大沢さん、気付いてあげる事が出来ず、すみませんでした……」
専務がアタッシュケースに気を取られている間に倉田さんは私を引き寄せ、包み込む様に優しく抱き締めてくれた。そして両手で頬を覆うと大勢の人が行き交う交差点の真ん中で私の唇を奪う。
その瞬間、通り過ぎて行く足音も、楽しげな笑い声も、信号待ちをしている車のエンジン音も、全ての音が私の耳から消え去った。