赤いサヨナラは僕に似合わない
赤い痕を残した君は残酷だ



「なあ、おまえ、大丈夫かよ」


手元が滑って店の食器を割った。もう2年も前からお世話になっているバイト先の居酒屋で、時給がいいからとそれだけの理由でずっと続けている。


「ああ、……悪い」

「別に俺はいいけど、オーナーに見つかったら叱られんぞ。幸い厨房の中だったから客に見られなくてよかったけど。早く片付けろよ」



僕より3ヶ月だけこのバイトの先輩である同級生の言葉に頷きながら、割れたガラスの破片を拾った。

落としたクランベリーのデザートの匂いが鼻をかすめた。赤いソースを拭きながら、まるで僕と君みたいだと思った。

君はこの店の角の壁に隠れた2人席がお気に入りで、決まって僕のシフトがあるときにやってきていた。

お酒に弱いはずの彼女が此処にやってきていたのは、この店のクランベリーを使ったデザートがお気に入りだったからで、死角になるあの席でバイトの僕とこっそりキスをするためじゃなかったんだろう。


赤いソースを全部拭き取ったとき、僕の首にある痕も消えたんじゃないかと思ってトイレへ駆け込んだ。

鏡に映った自分の、襟で隠れた首筋に残された赤い痕を見てなぜかホッとして、君は僕にこんな思いをさせたくてこんなものを残していったのかと思った。


あまりに残酷で、君は酷い奴だな。


視界が揺れて、体の中の物を全て吐き出した。苦い味と咳と嗚咽が漏れて、それを水に流したとき、いろんなことが、呆気ないものだと思った。

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