赤いサヨナラは僕に似合わない



ガチャリ、と。開けた僕のアパートに君の姿はなかった。ついでに言えば部屋は真っ暗だったし、君の匂いさえももう残っていない。

吐いた僕を見て、店長が今日は帰れと言った。

いつもなら深夜までのシフト。すいませんと呟いて、僕の存在価値ってなんだろうって思った。


首筋に手を添えた。


手袋もしないで歩いていたせいで僕の指先は凍るくらい冷たくて、君が昨日の夜唇を這わせたその場所が溶けていくみたいだった。


「いつか結婚しよう」とか「ずっと一緒にいよう」とか。


そんな簡単な言葉をニンゲンはすぐに吐くけど、それをちゃんと実行している奴の方が少ないって僕らは知っている。

SNSで友人カップルがそう言って、その投稿を数ヶ月後に消すのを見てふたりで笑ったことがあったな。「こいつらの一生はたった半年か!」なんて。僕らもきっと誰かに笑われているよ。ずっと、なんて誰が考えた言葉だろう。

なあでも、馬鹿げたことだって、阿呆らしいことだって、そんなことちゃんとわかっていても、あの時は本気でそう思っていたんだよ。

君とずっと一緒にいたいと、思っていたんだよ。


こんな僕を君は笑うかい?


この玄関に君の靴がなくて、二人で買った食器はもう意味がなくて、置いてあった君の荷物は綺麗に消えていて、なあ、一体いつから、君は僕から消えようとしてた?


この赤い痕が消えてしまったら、君の痕跡がもうすべてなくなってしまうよ。なあ君は、こんな僕を笑うかい。こんなにも酷い別れ方をされても尚君を欲している僕を、君は笑うかい。

< 5 / 7 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop