幾久しく、君を想って。
真っ暗な部屋の中で膝を抱え、あの日のことを思い出した。


あれは愛人からの電話が入り、別れた夫が家と愛人宅を行ったり来たりするような生活をしていた頃のことだ。

憎らしいことに彼は、仕事から一旦帰って出掛けるようにしていた。

愛人がいることがバレてもそれを変えようとはせず、生活費は自分が出しているのだから…と、妻としての務めだけは要求してきた。


ストレスで吐きそうになりながらも、やっぱり家に彼がいるというだけで嬉しいと思っていた。

明日の準備と着替えを済ませ、出掛けようとする彼の後を追いかけた。

「行かないで」と一言、素直に口にすることが出来なくて苦悩しながら。





「……また行くの?」


靴を履こうとする夫の背中を見据えて囁いた。
無言で振り向いた彼は、煩そうな目を私に向けた。


その眼差しに怯んでいては、私達の関係はいつまでも変わらない。
ぐっと堪えて見直し、「お願いだから…」と声を震わせて頼んだ。



「お願いだから別れて。もう一度やり直しましょうよ」


崩れ落ちそうな気持ちを張り詰めて勇気を出した。


捨てないで。
どこにも行かないで。

そんな気持ちを胸にしまい込んだまま、彼の答えを待った。



「今更何言ってんだよ」


愛人の肉体とセックスに夫は溺れていたんだと思う。
私の言葉なんて聞く耳も持たず、チェーンキーに手を引っ掛けた。



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