待ち人来たらずは恋のきざし


「創君の結婚の話をしてたんだったな」

「…ここの野菜って、美味いよね」

「ぁあ?ん?何を今更。
創君が気に入ってくれて契約してくれたんじゃないか」

「それがさ…、最近あんまり料理しないから、貰った物も人にあげてたんだ。
駄目にするよりいいから」

「なんだ…。最初に味見してくれて、それっきりなのか?」

「そんな事も無いんだけどね。調理の方、任せたって事もあって…。

前に貰った野菜、料理して貰って食べたんだ。
やっぱり美味かった。野菜の味が濃くて美味かったよ」

「そうか。野菜の味が解るような調理をして貰ったんだな。
彼女かい?料理上手な女はいいぞ?
男は単純だ。美味い飯があると思えば家に帰る。自然と足が向いてる。
…何にも要らない。
お帰りって言ってくれるだけで嬉しいもんだ。
…俺はそうだったがな」

「おっちゃん、娘さんが嫁にでも行ったらどうするんだ?」

「さあな…。
孫でも出来て遊びに来てくれるのを待ち侘びているかもなぁ。
ま、まだ、結婚の予定も無いらしいがな…どうだか」

「良かったじゃないですか」

「いいのか、悪いのか…。
近頃はあいつに似てきた。
話し方も、ちょっとした仕草もな」

「親子だったら当たり前だよ」

「あぁ、顔も…似てるな。
あいつも元気にやってるみたいなんだ。
可笑しいものでさ、…別れたって縁が完全に切れた訳じゃ無いんだよな。
別れた女房、弁当屋をしてるんだが、…うちの野菜を使ってるんだよ。
おかしなもんだよな、夫婦って」

おっちゃんは娘さんの成長を機に熟年離婚というやつをしたって言ってた。
色々あったんだろうけど、今は今で、元奥さんと改めていい関係性らしい。

「あー、この選り分けた野菜、貰って帰っていいかな。代金は払うから」

「水臭い事言うな。金なんか要らないよ。
捨てちまったらそれまでの野菜だ。食べてくれるなら金は要らない。
これだって大事に育てたモノに違いないんだから」

「だからだよ。同じように大事に育てた物だから。
同じように振り込んどくから」

「はぁ、引かないなぁ、創君は」

「おっちゃんの大事な野菜だからね」

「…有難うな。嬉しいよ」

「後継者は育ちそうですか?」

「んー、どうかなぁ。研修に来ている者の気持ち、覚悟次第だろうな。
だからこの前の大雨は、いい経験になったんじゃないのかな。
俺もあんなに酷い目に遭ったのは初めてだったけど。
愛情を注いでいた物を、一遍に失ってしまう事もあるって、身を持って体験出来たからな。

天気相手には、なす術が無い事もあるってよく解ったはずだ。
今からは外で作るなら異常気象とは無縁にはなれんだろうし…」

「みんな続けてますか?」

「…一人辞めたよ」

「そうですか」

「ああ」

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