待ち人来たらずは恋のきざし


顔を見ていた。

「ん?何だ?」

「あ、私、貴方に景衣って呼ばれる事も…嬉しいと思って」

「そうなのか?名前じゃないか」

「そうだけど、嬉しいんです」

「ふ〜ん。俺の事は相変わらず、あなた、だけどな。
一、二回だっけ?創一朗さんて呼んでくれたのは」

「…はい、確か、そのくらいです」

「よっこらしょ…」

「え?」

身体を男の上に乗せられた。

「呼びにくい理由は?」

「…それは」

どうしよう。
また課長の話をしなくちゃいけない。
こだわってないなら呼べるはずだって言われるに違いない。

「何かあるんだろ?
顔、見せて。目を見て答えなさい」

「…ごめんなさい。
同じなんです、…上司と名前が。
だから、初めて名前を聞いた時、こんな事ってあるんだと思ってしまいました」

「は。全く同じなのか」

「…漢字は違います、名字も違います」

「上司もそういちろうって言うのか。
一は流石に同じか」

「はい、そこは同じです」

漢字よりも、呼ぶ為には音、発音が同じだと言う事。
それが全く同じって事が…。

「どうでもいいよ」

「…え?」

「景衣の好きなように、呼びやすいように呼べばいいよ。
…その内、あなた、も、本当の旦那の意味で呼ばれるかも知れないんだし、な?」

そういちろうと、呼んだ事があるって事だ。
それが引っ掛かって、だから呼べない。
そういう事だ。

「大した事じゃない。気に病むなよ?」

俺が景衣って呼んだ時…それはどうだったんだ。
そいつに景衣って呼ばれてたんじゃないのか。

…今、俺に呼ばれる事が嬉しいって言ったばかりだ。
俺の方こそ、景衣と呼び捨てる事に今更気にする事ではない。
呼び方なんて被るもんだ。
誰にだってきっと景衣って呼ばれてたんだから。
こだわる方がどうかしてる。

「…創一朗、さん」

「…景衣」

景衣が俺を見て、俺の名前を呼んだ。

「あー、…何だか、貴方も捨て難いな。
返って貴方の方がずっと呼ばれ慣れてるし。
名前の方が妙な気がする」

「…そんな…もう」

「怒るなって…有難うな、景衣。
俺は、創る、一、朗らかの創一朗だ。
…だから別人だ」

多少なりとも無理して呼んだに違いない。抱きしめた。

「景衣、約束、破ってもいいか?」

「…え…何、の?」

「今日、しないって言った事。守れない。
もう…強引にでもする」

「創一朗さん…」

「…はぁ、ほら、またずるいぞ。
景衣は…いい。
…他の奴はどうか知らない。
俺にとっては、景衣は凄く無邪気でずるくて…、いい、女なんだ…」

創一朗さん…。

「するぞ」

「…はい」

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