待ち人来たらずは恋のきざし


景衣が制服のままで帰って来た日。

余程慌てて出たのだろう。
コートを開けたらストラップでIDカードをぶら下げたままだった。

おそらく開錠にも使ってそのままだったのだろう。

IDをバッグにしまい忘れる程急いだのは、会社を早く出たかったから。
一刻でも早く離れたい何かがあったからだと思う。

ただ会いたくて、俺の為に急いだとしても、冷静さはある。
景衣はそんなドライな女だ。
IDをしまい忘れたりはしない。

IDには○○クレジット株式会社と印字があった。

上司とは支店長の事か。…それは無いか。支店長はもの凄いオッサンかも知れない。

多分もっと身近な、直属の上司の事だな。

そんなに細かく役職があるとは思わない。

主任や課長といった肩書きの人間辺りか。


景衣より3歳上という事は俺より10上。

…40歳か。こう言っちゃ身も蓋も無いが、景衣と丁度釣り合いのとれた年齢だな。

手強いな。向こうからしたら俺は若僧扱いだ。

仕事関係なら相手にされないくらいの差がある。


景衣には内緒だ。

一度会っておきたい。
そう思った。

俺なりの牽制だ。
この先、景衣がずっと勤めるなら、何も起きないなんて無いと思っておかないと。

好きな女が側に居て、何も行動しない男なんて有り得ない。

残念な事に、上司の情報が無さ過ぎる。

…フ。解っているのは俺と下の名前が同じだと言う事。



景衣が退社するのを確認してから暫く様子を窺って見る事にした。

多分女性の多い職場のはず。

景衣が遅く帰る日の時間を思い出せば、その後、遅くても1時間以内には出て来るだろう。

男性社員で内勤。それらしい年齢で、当たりをつければそう難しい事では無いだろう。

一人、男が出て来た。

…ん、この男かも知れない。
…ふぅ。


男に向かって歩いた。

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