待ち人来たらずは恋のきざし


男の行き先を塞ぐように前に立った。

この男だとするなら…かなりのいい男だ。歳の割に…若い。
スーツを格好よく着ているところを見ると、緩んだ身体でもなさそうだ。
指輪、…結婚指輪か。まだしてるとは…。
どう言った了見なんだ。

目線を合わせた。

「すみません」

「はい?」

「大変不躾に妙な事をお伺い致します。
浅黄景衣をご存知でしょうか」

「…君は?」

間違いない。
何ですか、知らない、とは言わなかった。
少なくとも景衣の事を知っているし、景衣の事を聞く俺に興味を持った。

「私は、貴生創一朗という者です」

「そういちろう?
へえ、本当に?…奇遇だな。
私も下の名前は奏一郎というんです」

「では、貴方は景衣の上司の方で、間違いないですね」

「確かに。私は浅黄の上司ですが」

…見返された。

「構わなければ、お時間を少し、ご都合願えませんでしょうか」

「いいですよ。どこか入りますか。
あー、あそこのコーヒーショップにでも行きましょうか」

「はい」

「貴方が、浅黄の悩みの彼ですか」

…どんな伝わり方をしているんだ。

「これは失礼な言い方だったかな。
よく解らないなんて、浅黄が言ってたから。

さあ、入りましょうか」

「…どうも」

そんな話をして先手を打ったつもりか。

その手には乗らない。

景衣との親密な様子を聞かせたら、俺がしょげるとでも思ったか。
そんな事は、今更だ。

「面倒だからブラックでいいかな?一緒に注文するよ?」

「構いません、有難うございます」


会計はそれぞれ済ませ、コップを受け取り席についた。
店内の客は疎らだった。

「私の事は?
どこまで聞いているのかな」

「お名前は知りません。
昔あった事、最近あった事、知っているのはそれのみです」

それだけ知っていれば充分過ぎるくらいだ。

「…私は、冨田奏一郎と言います。
一応、課長をしています。
浅黄が転職して来てから12年。…ずっと見てきた。
失礼だが、君より浅黄の事は知っているのかも知れないし、ただ長いだけで、実は何も知らないのかも知れない」

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