待ち人来たらずは恋のきざし
最後の電話確認を済ませ、後片付けをしていたら、あれよあれよという間に女子社員は私だけになっていた。
はぁ、大概いつもこうなるけど。
「浅黄、最終確認、お疲れだったな。
片付いたら出ようか」
誰に気を遣う事も無く課長に声を掛けられた。
課長とは別の課長が、何かありましたかと聞いて来た。
多分、クレームか何かで落ち込んだ私を、励ます為に課長が誘っていると思ったのだろう。
「ちょっとした話です」
課長が答えたら、浅黄、沢山食べて奢って貰うといい、元気出せよ、と言った。
完全なるこちらに都合のいい誤解だ。
妙な勘繰りも端からするつもりは無いらしい。
三人で一緒に会社を出たが、じゃあと言って自然に別れた。
理解があるというのか、しつこく絡んで来ないのか、さらっとした課長だ。
俺も一緒に行くよってタイプだったらどうしていたのだろう。
そうは言わない人間だと端から解っているからだ。
…さて、こちらの課長はまだ私に関わって来るつもりだろうか。
「居酒屋でいいよな?」
「はい」
歩きながら話した。
「畏まったところに行っていた事を誰かに見られたら、何を噂されるか解らないからな?
浅黄が困るだろ?」
「そうです」
「フ、言い切るな…。まあ、俺も行くつもりは無いけど…」
昔と違うのは手を引かれて無い事。
…はぁ。
「…課長」
「何だ」
「課長って、私の住所とか、知ってるんですか?」
「知っていたら、それがどうだと言うんだ?」
「別に。知らなくても知る事は可能なんですよね?」
「俺は、押しかけたりするような真似はしない」
「そうですか」
「言っておくが、暗記もしていないし、書き留めてもいないからな」
「そうですか」
「あ…まだここやってるんですね」
立ち寄った店は昔課長と来た店だった。
「ここはチェーン店とは違うからな。今は息子さんも手伝ってる。
いずれ世代交代して続けていくみたいだ。
入ろう、…奢るから」
「はい。…当然です」
「フ。…不思議な距離感だな、浅黄は」
何て言ったらいいか、楽な空気感とでも言うのか。
根底にあるモノは、好き、なんだけど、気まずくなるという事が無い。
この間、あんな話をして…悶着と言えばあったというのに…言い合ったとは思えない。
何なんだ、…やっぱり浅黄が特殊、…特別なのか。