クールな御曹司にさらわれました
背の低い樹木の間に海岸線が見える。水平線までの広大な海が見渡せた。
見晴台のようだけど、あまり手入れは行き届いてなさそう。ウッドデッキはぼろぼろで草がはみ出ている。手すりには寄りかからないほうがいいかもしれない。

ウッドデッキの片隅に棒につりさげられたベルがある。手作り感満載のそれを見て、私はふと頭の中を何かが通り過ぎて行く感覚を覚えた。

私、ここ、知ってる。

「尊さん、ここ」

「海がよく見えるだろう。このレストランの以前のオーナーが作ったものだ。今のオーナーはほったらかしているようだがな」

「そのベル……」

「慣らしてみたらどうだ。良い音が鳴るとは思えんがな」

私は恐る恐る近づき、茶色く変色したロープを握った。ゆすると、くぐもった音でカランと鳴る。

「お、思ったより錆びてないな」

「尊さん、私、ここにきたことがあります」

私の言葉に尊さんがわずかに眉をあげた。
私は次々に符合していく記憶の断片に胸がいっぱいになった。

そうだ、あれは私が小学生の頃、まだ母は元気だった。父は相変わらず商売に失敗続きだったけれど、優しい人で、お金があるときはあちこちに連れて行ってくれた。

「父が、連れてきてくれたんです。……子どもの頃。海がきれいなポイントを見つけたって。でも私たち、お金があるわけじゃないから、レストランは利用しなかったんだと思います。駐車場のすみっこにこそっと車を止めて、歩いてここを登った」
< 108 / 193 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop