クールな御曹司にさらわれました
「では、その感謝の分、花嫁修業と父親探索に励むがいい」

「……はい」

「素直だな」

「逆らっても面倒だって覚えただけです」

私がにっと笑うと、尊さんの表情がようやく緩んだ。ふ、とかすかに笑った顔は、ちょっとかっこいい。ちょっとだけね。

その時だ。
足場のウッドデッキがみしっと音を立てる。

「タマ!!」

尊さんの腕が伸びた。
木の板が腐っていたのだ。床が抜け落ちる前に尊さんが私の腕をつかみ、身体をその胸に引き寄せてくれた。

「危なかった」

がらがらと木片が坂を転がり落ちて行く音と尊さんの声。抱きかかえられる格好の私は予想外の展開に頭がパニックになりそうだ。
ちょっと、待って、尊さんにべったりくっついてるんだけど。どういうこと?ねえ、どういうこと?

「転げ落ちていたら、大変なことになっていたぞ」

「は……はあ、そうですね」

「さすがに危ないから、オーナーに注意しておかないとな。怪我はないか?」

「だいじょぶ……です。怪我したら、日本舞踊できない……ですもんね」

「そういう問題じゃない、馬鹿め」

ぎゅうと抱擁が強くなったのは、気のせいなんかじゃない。
私と尊さんはウッドデッキの隅で、なぜか抱き合う格好で固まっていた。何分経ったのかもわからない。何秒のレベルだったかもしれない。
とにかく時間の感覚も抱き合った感触も、麻痺してしまったようにわけがわからない。
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