クールな御曹司にさらわれました
だって、私と母は幸せだった。父に振り回される生活だったけれど、ふたりともあの馬鹿男を憎み切れず捨てきれなかったけれど……私たちは幸せだったもの。もっと言えば、あんな父ですら一緒にいるときの思い出はやはり消えて行ってくれない。

「私はお金持ちに嫁がなくてもいい。誰かたったひとり、心が通い合う人と出会えればそれでいい。その人と、仲良く生きていければそれで幸せ」

「……随分、つましい幸せだな」

尊さんからしたらしみったれてるかもしれないけれど、私の身の丈だとそんなものだし、私の求めるところはそんなことなんだもん。
まあ、その前に何年も彼氏がいないっていうのも問題ですけどね。心通い合う人を探す前に、売られちゃいそうですけどね。

「つましい幸せを実現できるかはおまえ次第だ」

ほら、不穏なことを呟く悪魔が目の前にいらっしゃるよ。




懐石料理はおいしかったけれど、失敗できないという緊張感から、ものすごく肩が凝った。お高そうなお着物も守らなきゃいけないしね。
そんなわけで食後です。屋上庭園を抜け、エレベーターホールにやってくると、尊さんがボタンを押しながら言う。

「もう一カ所付き合え」

「はぁ」

断れる感じじゃないし、私は頷く。現在時刻22時半。
帰って眠る頃は、日付またいじゃうかなぁ。平日なんだけどなあ。って尊さんも一緒か、それは。
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