行雲流水 花に嵐
「玉乃ちゃ~ん。会いたかったわぁ~」

「片桐様~」

 松屋の二階に上がるなり、片桐は待ち構えていた玉乃と、ひしっと抱き合う。

「片桐様、玉乃、ちゃんと言いつけ通り他のお客取らなかったよ」

「偉いわ。さすがあたしの玉乃ちゃん」

 玉乃が亀松お気に入り、ということよりも、片桐が亀松に念を押しておいたことが効いたのだろう。
 片桐が玉乃に嵌れば嵌るほど、亀松としては片桐を使いやすくなる。

 ここまで裏の稼業を知った牢人だ。
 腕が立つならなおさら、敵に回すよりは取り込んだほうがいい。
 そういう意味でも亀松にとって玉乃は大事な駒なのだ。

「てことで親分。久々の逢瀬を堪能させて頂戴ね」

 べたべたといちゃつく二人を呆れたように眺めていた亀松に言い、片桐はいつもの二階の座敷へと入る。

「全く、玉乃も果報者だねぇ。そんなに旦那に好かれてよ」

 やれやれ、と大袈裟に肩を竦め、亀松は、ごゆっくり、と言って踵を返した。
 従っていた小者が、部屋の襖を閉める。

 すぐに片桐は内側から襖に耳を付け、廊下の様子を探る。
 そして、そろりと細く襖を開けた。

 先程の小者が去って行く後ろ姿が見えた。
 小者が見えなくなってから、片桐は念のため、廊下に顔を出して周りを確かめた。
 誰もいないことを確認し、襖を閉める。

「どうしたの? あ、あの件?」

 後半は声を潜め、玉乃がそろりと上を指す。
 三階の、太一のことだ。

「まぁね。どう? お子様は元気?」

「うん、まぁ。ていうかね、ちょっと前に鶴吉って三下が来てね。あの子苛めたの」

「鶴吉……? 何、それ。お客?」

 不意に出た名に、片桐の片眉が上がる。
 どこかで聞いたような。

「違うよぉ。大親分の、ていうか、勝次の子分。いやらしいから嫌いなんだ」

 ははぁ、と片桐は顎を撫でた。
 そういえば、竹次の相棒に鶴とかいうのがいたような。

 が、おや? と首を捻る。
 鶴のことなど忘れていた。
 ということは、竹次よりも立場が下なのではないか?

 あのようなヤクザ者の階級など知れているが、少なくとも何かと勝次の傍にいたのは竹次だった。
 竹次はここを知らなかった。
 なのに何故鶴吉が知っているのだろう。
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