行雲流水 花に嵐
 それから文吉は松屋の周りをつぶさに見てから辺りを歩き回り、土地を徹底的に調べ上げてから俵屋に帰った。

「けど旦那。派手に坊を救い出したところで、亀屋にゃまだ人質がいるじゃねぇですか。下手すりゃそっちが殺すられますぜ」

 俵屋の二階で、文吉に話を聞きながら、宗十郎が顔をしかめる。

「上月の若当主が殺られちゃ、貰える金も貰えなくなりますぜ。金を払うのは上月家ですからね。追加料金は、生きてりゃ何とでもなるでしょうよ」

「あの様子じゃ、何とも出来んような気もするがなぁ」

 基本的に宗十郎は金にならない仕事はしないが、今回のことは要蔵の了承済みなのだろう。
 なら従うしかない。

「二点同時に潰したいところだが、如何せんこっちゃ人数がいねぇ」

 人質を二か所に捕られているなら、二か所同時に襲わないと、一方の人質が危険だ。
 が、戦闘員は宗十郎と片桐の二人だけである。

 聞いたところ、松屋には今、そう人はいないようだが、亀屋のほうは荒くれ者が集まっている。
 一人では無謀だ。

「しかも松屋のほうは、半分は真っ当な船宿だ。しかも近隣にも評判は悪くねぇ。下手に事を荒立てると、こっちが悪者になりかねん」

 宗十郎と片桐が頭を悩ます。

「……亀松と勝次の関係ったぁどういうんだい?」

 しばしの沈黙の後、ふと宗十郎が片桐に聞いた。

「さぁ~……。つっても亀松のほうは、ほとんど伏見に引っ込んでて、大っぴらに姿を曝して荒稼ぎしてるのは勝次のほうだわねぇ」

「引っ込んでても、影響力のあるような大物か?」

「まぁ時折垣間見せる黒い顔は、確かに裏の世界の人間よ。でもそれも滅多に出ないわ。普段は人の好い旦那って感じ。悪そうなところなんて、全くわからないわ。だからこそ、あっちの遊女に好かれてる」

「その好かれてるってぇのが厄介なんだよなぁ……」

 店の中で立ち回りなんぞ演じた日には、遊女らにこっちが訴えられるかもしれない。
 遊女らが亀松を憎んでいてくれたほうが、協力も得やすいのだが。

「もしかすると、心から好いてるわけじゃねぇかもな。皆が皆、拐かされたことを覚えてねぇってわけでもあるまい。逃げ出そうとした奴だっていたはずだ。まぁそこは折檻で押さえつけてきたんだろうがな」

「そうね。そうこうしてるうちに月日が経って、今更帰っても家がどうなってんのかわからない不安もあるのかも。諦めてる子が大半かもね」

 それはそれで問題だ。
 亀松を始末した後、遊女らは困るのではないか。
 帰ったところで昔のままの家があるとは限らないのだ。

「そんなことまで考えてたら、何もできねぇ。これ以上依頼対象以外に気を回すことぁねぇだろ。あそこの遊女がどうなろうと、知ったこっちゃねぇよ」

 この仕事に、いらぬ情は挟むべきではない。
 頼まれたことのみ実行すればいいのだ。
 どこか納得いかない風だった片桐も、ため息をついて口を閉じた。
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