行雲流水 花に嵐
「さっさと立てよ。貴様を家に連れ帰らねぇと、仕事が終わらねぇ」

「さ、触るなっ」

 あからさまに怯えた顔で、仙太郎は伸ばした宗十郎の手を振り払う。
 ばかりか、ずるずると尻で後ずさった。

「あんだぁ? お前、まさか腰抜かしてんじゃねぇだろうな」

「おお、お前は人斬り稼業で口を糊しているのかっ」

 宗十郎が前に出た分、仙太郎は尻で後ずさる。
 この怯えようは、先の立ち合いを見たせいか。

「牢人暮らしでは、人を斬ることぐれぇままあらぁな。それぐらいで、情けねぇ」

 馬鹿にしたように言う宗十郎の後ろから、文吉が、ちょいちょいと袖を引いた。

「旦那。せめてその抜き身をしまってからにしたほうがいいんじゃねぇですかね」

 宗十郎は抜き身の刀を肩に担いだままだ。
 しかも刀身は血に濡れている。

「けっ。こんなもんが怖いのか」

 吐き捨て、宗十郎は、ぶん、と血振りをくれた。
 び、と仙太郎に血が飛ぶ。
 ひぃ、とまた、仙太郎の喉が鳴った。

 宗十郎は仙太郎の袴の裾を掴むと、それで刀身の血を拭う。
 嫌がらせ以外の何物でもない。

「そっ宗十郎! 何をするのだ!!」

「てめぇが怖いっつぅから、刀をしまってやるんだ」

 そして刀を鞘に納めると、乱暴に仙太郎の腕を掴む。

「片桐はどうしたかな」

 仙太郎を引っ張り、蔵から出て見世のほうを見てみても、外からでは何が起こっているのかわからない。
 ただ少し、表のほうが騒がしいような。

「加勢に行くかな。文吉、こいつを親分のところに連れて行ってくれ。生きてりゃいいんだ、引き摺ってもいいぞ」

 掴んでいた仙太郎の腕を、文吉に渡す。
 それを文吉が受け取ろうとしたが、仙太郎が振りほどいた。

「待て! お前ら、亀屋を潰したのか?」

「どうかな。見世が潰れるのは、もうちょっと先じゃねぇか?」
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