行雲流水 花に嵐
「……声もそうそう聞こえなかったんで、かなり弱ってると思っていいかと。まぁ見てねぇんで、何とも言えませんが」

 ちょっと不満そうな顔をしつつも、文吉はそれ以上は言わず、報告だけを口にした。
 要蔵も、う~ん、と考え込む。

「綺麗に解決するにゃ、確かに旦那の言う通り、特別座敷の場所がわかってから一気に攻めるほうがいい。そこに踏み込む口実もあるわけだしな」

「上月の家のことを伏せたまま攻めるなら、おすずの救出、としたほうがいいしな」

 仮にも武家である上月の名は、あまり表立って出ないほうがいいだろう。
 いかな外道な見世とはいえ、武家の放蕩息子が色町の裏見世を潰してまで女郎に入れあげた、など広まっては目も当てられない。
 裏見世に出入りしていただけでも問題なのだ。

「そういうのを隠す目的もあって、亀屋もわざわざ隠れたところに特別座敷を設えてるんだろ。特別ってことは、案外大物も足を運んでるかもな」

「秘密の遊郭ってのは、なかなか魅力的かもしれねぇしな」

 なるほどなぁ、と呟き、考えを巡らすように、要蔵は空(くう)に視線を投げた。

「何とか早めに、娘を特別座敷に入れるように仕向けられねぇか……」

 非道とも言える考えだが、そもそも要蔵はおすずのことなど知らない。
 廓の遊女であれば守ろうともするが、色町の規則から外れた素人娘など知ったことではない。
 弥勒屋のような中町の飯屋は、色町にとってはあくまで飯屋であり、そこでの売春は基本的に認められていないのだ。
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