行雲流水 花に嵐
「それにここ、何もないじゃない。あたしを留め置きたいなら、楽しめる何かを頂戴」

「これはこれは。手前としたことが、気付きませんで」

 途端に亀松の福相が戻り、人の良い船宿のあるじになって、いそいそと腰を上げた。

「旦那は女子に興味がおありで?」

「当たり前でしょう。男なんだから」

 それをその言葉遣いで言うな、と宗十郎なら突っ込みそうだ。
 が、商人の顔の亀松は、にこにこしたまま頷いた。

「では娘を用意しますよ」

 いそいそと亀松が出ていく。
 亀松が部屋を出てから、片桐は、そろ、と障子を開けて廊下を見た。

---えっ---

 怪しまれないよう、少し間を空けたが、それでも出て行ってからそんなに経っていない。
 まだ廊下の先ぐらいにはいるはずだったのに、亀松の姿は消えていた。

---そんな素早そうな奴でもないし。まさかお隣が監禁部屋じゃないでしょうね---

 ぶつぶつ思いながら、一旦部屋に引っ込み、隣との仕切りの襖をそろりと開けてみる。
 こういった宿は、客の人数に合わせて襖を取っ払い、大部屋に出来るようになっているのだ。

 二階に上がったときから半ば気付いていたが、やはり思った通り隣の部屋はがらんどう。
 泊り客の姿もない。

---部屋の中にも、特に何の仕掛けもなし---

 きょろきょろと一通り隣の部屋を眺め、片桐は襖を閉めた。
 そして元の位置に、どすんと座る。

---さて、どうしたもんかしらね。あんまり早々に帰りたがるのもおかしいし、上月の坊の有無も探らないとだから、しばらくここに留まるか。でもその間に宗ちゃんが竹ちゃんを殺っちゃったら、あたしが帰る理由がなくなるじゃない。いや、いっそのことそのほうが、竹ちゃんの仇を討つって名目で帰りやすいかしら?---

 うーむ、と頭を悩ませるが、とりあえずここにいる限り要蔵たちと連絡は取れない。
 宗十郎の動きもわからないので、どうしようもない。
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