いつも、雨
おもむろに立ち上がると、要人は領子の横をすり抜けて、障子を全開にした。

庭の向こうの天花寺夫人に会釈する。

夫人もまた、軽く会釈を返してから、少し伸び上がるような仕草を見せた。

領子を呼びたいのだろう。


「領子さま。奥さまがお待ちのようです。」

「……。」

返事らしきものをしたのかもしれないが、ちゃんとした声にならなかった。



心がすれ違うって、こういうことかしら。

言葉が出て来ない……。

もう……わたくし……わたくしは……。



何も言えないまま、それでも領子は要人を見つめた。

でも要人は、領子を見てくれなかった。



絶望ってこういうことを言うのかしら……。



領子は、ふらふらと回り縁へ出た。



庭の向こうで、お母さまがわたくしを待っていらっしゃる。

行かなきゃ……。

でも、足が重い……。

目の前が暗い気がするわ……。




「まあ。領子さん?顔色が悪いですわよ。貧血?……お勉強、頑張り過ぎたのかしら。」

「……そうかもしれません。今日は、もう……休みます。」


すぐに辞去しようと思ったのに、呼びめられてしまった。


「お待ちになって。結納の日にお召しになるお着物ですけどね、どれが」

「お任せいたしますわ。万事。お母さまのお好みで。……お願いします。」

領子は深々とお辞儀して、投げやりな気持ちを隠した。



……どうでもいいわ。

何かもが、どうでもいい。

結婚も、結納も、好きにすればいい。

わたくしの心なんか、関係ないのだもの。

しょせん、わたくしは……天花寺家の……人形なんだから……。



領子は、すっかりこじらせ、心を閉ざした。







わかりやすい領子と違って、要人は翌朝も、これまで通りだった。

早朝に玄関の掃除と打ち水を済ますと、台所でねえやのキタさんと一緒にお抱え調理師の作る朝ご飯を食べた。

そして、いつも通りに、朝食中の天花寺夫人に挨拶に向かった。

「おはようございます。……?」

領子がいない……。
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