いつも、雨
ねえやはそう判断して、おもむろに領子に告げた。

「竹原さんは、このお屋敷をお出になりました。そのケーキは、お引越しのご挨拶にお持ちになりました。」

「……え……。」

領子の顔から、さっと血の気が引いた。


ねえやは、領子が痛々しくてとても見ていられず、目を伏せた。



言霊(ことだま)って、本当かもしれない。

わたくし……なんてことを言ってしまったのだろう……。

なんてことを……祈ってしまったのだろう……。

でも……そんなこと……まさか……。

まさか竹原がいなくなるなんて、そんな……。

後悔先に立たず……とは、このことね。

馬鹿だわ……。

わたくし、本当に……馬鹿だわ……。



領子は震える手で、再びフォークを手にした。


ねえやの前で、泣くわけにはいかない。

動揺を見せてはいけない。


領子は、何事もなかったかのように、ケーキを口に運んだ。

甘さ控えめの濃いベルギーチョコと、爽やかなオレンジのムースが絶妙だ。

「……美味しいわ。……さすがね。竹原。……わたくしの好みをよく……知って……」

ホロリと涙が一粒こぼれ落ちた。


ねえやは、ぺこりと頭を下げて、何も言わずに領子の部屋を出て行った。


独りになった領子は、両の瞳から盛大に涙を流したが、嗚咽はしなかった。

ただただ泣きながら、ケーキを食べた。

涙の塩味が混じっても、美味しかった。

口惜しいけれど、今まで食べたなかで、一番美味しいと感じた。


ケーキと紅茶を平らげた後、領子は身支度を整えて、自室を出た。


回り縁に出て、庭越しに要人の使っていたお部屋を見た。


一瞥しただけで、何もないことがわかった。

障子は全開にされていて、部屋が空っぽになっているのが一目瞭然だ。


……本当に……出て行ってしまったの?


領子は震える手で、自分の両腕を抱えた。



助けて……。

こんなに暑いのに、震えが止まらない……。

助けて、竹原、助けて。

どうして?

何も言わずに行ってしまうなんて……ひどい……。

ひどいわ……、こんなの……。


領子は、呆然と立ちすくみ……、ずるずると滑り落ちるように縁側に腰掛けた。
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