いつも、雨
「ややこ……?」

聞き慣れない言葉に、領子(えりこ)はポカーンとした。


……いや、もちろん意味は知っている。

知っているけれど……え?

ややこって、あかちゃんのことよね?

あかちゃんって……え?

妊娠?

わたくしが?

……竹原のあかちゃん?


ええっ!?


真っ赤な顔であわあわしている領子を、恭風(やすかぜ)は何とも言えない表情で見下ろしていた。


……やっぱり、2人はデキてたんか。


わかっていたつもりだが、恭風は傷ついた。


「……竹原は……まだ、知らんねんな?……知ってたら、あんたらをほって出ていくわけないわなぁ。」

しみじみとつぶやく恭風に、領子は何も返答できなかった。


……お兄さま……「ら」って!何!?「ら」って!

わたくしとあかちゃんってこと?

ええええっ!


領子はジタバタして、嘔吐感を忘れた。


恭風はため息をついた。

「……さて。どうしたもんやろな。……わしは、ええと思うんやけど……お母さんは、怒らはるやろうなあ……。」


ええと思う?

ええと思うって、どういう意味?

お兄さまは、竹原とわたくしの仲を認めてくださるの?


……お父さまが亡くなって……お兄さまはこの天花寺(てんげいじ)家のご当主のはず。

お兄さまが認めてくださるってことは……わたくし……竹原と結婚とかできる可能性もあるのかしら。


領子は兄にすがりついて、訴えた。

「あの。お兄さま。わたくし……竹原が好きなの。お願いします。どうか、竹原と、」

「いけません!」

鋭い声。

振り返ると、いつもはクールな母が鬼のような形相で立っていた。


「お母さま……。」

「何てこと……。あなた、天花寺家の娘が……あんな……下賎の男と……」

母はふるふると怒りに震えていた。


「ひどいわ。お母さま。竹原をそんな風におっしゃらないで。」

聞くに堪えず、思わず領子は要人(かなと)の肩を持った。


でも、それは、母の怒りに油を注いでしまった。

母は震える手で、領子の頬を打った。


ペチョっと、力のない情けない音がした。

初めて手を上げられて、領子はただただ驚いた。

おそらく母も、手を上げたのは初めてなのだろう。

まともに当たらなかったし、まったく痛くもなかった。


ただ、母にぶたれた……その事実に、領子は打ちのめされた。
< 111 / 666 >

この作品をシェア

pagetop