いつも、雨
「紹介するわ。イタリアで修行してきたおっちゃん。親父も懇意やったテーラーや。……腕はいいんやけど、頑固というか、偏屈でなあ。」


稲毛は、最初からそのテーラーを要人に押し付けるつもりだった。

要人もすぐに気づいた。


まあ、かまわない。

稲毛の意図はよくわからないが、目くじらを立てることじゃない。


「よろしくお願いします。」

要人の不敵な微笑を、稲毛は満足そうに見ていた。






貸倉庫の周辺に、不審な車は駐まっていなかった。

いつ来てもヤクザが見張ってたのに……。 

「ほら。キョロキョロしてんと。早く。行くで。」

稲毛に導かれ、要人は初めて貸倉庫に足を踏み入れた。


ココは、看板は「トランクルーム」だが、形式はレンタル収納スペースだ。

荷物の出し入れは、全て業者ではなく契約者が自分でする。


「貸倉庫かと思っていましたが、これ、貸コインロッカーですね。」

予想以上に小さなスペースだった。

「銀行の貸金庫みたいなもんやな。」

稲毛に促され、要人は預かっていた鍵で扉を開けた。

中には、何となく色褪せた百貨店の紙袋が1つだけ入っていた。


「……まあ、予想はしてたけど……手紙ぐらい入れとけっちゅうねん。なあ?」

紙袋をガサガサと開けて、稲毛は苦笑した。


「おっちゃんらしいわ。」

要人はおとなしく、稲毛が中身を物色するのを一歩引いて見ていた。


稲毛は一通り目を通して選別すると、要人に小ぶりのファイルを手渡した。

「ほら。これや。煮るなり焼くなり、好きにし。」

「あとは、処分されるのですか?」

要人が尋ねると、稲毛は頭を掻いた。


「いや……囮(おとり)?……すまんな。もう大丈夫や思ててんけど……若いモンがウロウロしてるわ。……俺がコレ持って1人で先に出るわ。」

稲毛はあかり取りの小さな窓を指さした。


「え……。」

「何の役にもたたんやろになあ。まあ、欲しけりゃくれてやるわ。……いいか?俺が奪われるか、連れて行かれるかしてから、ぼんは出るんやで。……念の為に、それは、隠して。ほな、お先。」


稲毛は唖然とする要人を置いて、さっさと建物を出て行ってしまった。
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