いつも、雨
佐那子の目が少し潤んだ。


具体的に、要人と佐那子は将来の話をしたことがなかった。

プロポーズも、もちろん、まだない。

佐那子と違って要人はモテるから……まだ結婚を焦る気持ちにはならないのだろう。

そう思って、なるべく先のことは話題にしないようにしてきた。

重い、と、思われたくなかった。

だから考えないようにしてた。


なのに……そんな、さらっと、挨拶とか土下座とか……。

要人さん、ちゃんと、私のこと……結婚相手として考えてくれてたんだ……。

今さらながら、うれしくて泣きそう。


「……ありがと。でも、その必要はなくなっちゃった。……要人さんにも、私にも、両親は二度と会わないそうです。……ごめんなさい。」

「本当に、勘当なんや……。」


驚く要人に、佐那子はこっくりとうなずいた。


「とりつく島なし?」


重ねて尋ねると、佐那子はあいまいに首を傾げた。


「世間体は。……本当に怒って追い出されたわけじゃないんです。ただ、仲人さんや、縁組み予定の先様(さきさま)の親御さんに言い訳が立たへんので……勘当するから、駆け落ちしてくれと言われました。うちの敷居を二度と股がない、結婚式はしない、法事にも葬儀にも来ない、……孫が生まれても逢わないそうです。私、家も、両親も、継ぐはずだった財産も失ってしまいました。それでも……あの……、それでも、私……私を……」


佐那子の頬が紅潮している。

このままでは、佐那子にプロポーズの言葉を言わせてしまう。


要人は慌てて佐那子を抱き寄せて、唇にキスをした。

言葉を封じて、心を酔わせる。

それから、要人は言った。


「君に一生、不自由な想いはさせない。ご両親の代りに、君を守る。ご両親から君が得られなかったモノ以上のものを……いや、俺が全てを君にあげる。だから、俺のそばでずっと笑っていてほしい。俺の家族になってほしい。結婚しよう。」


何て傲慢な言葉だ……。


準備していなかった突然のプロポーズは、掛け値なしの本音だ。

……要人は、自分の言葉を反芻して、苦いものを感じた。


対照的に、佐那子は幸せの絶頂にいた。

佐那子の瞳が潤み、綺麗な涙がすーっと頬を伝った。


コクコクッと、佐那子は何度もうなずいた。
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