いつも、雨
はあ?

あいつ、阿呆やろ。

何やってんねん。

真夜中に、雨の中を、裸足で……歩いて社長のマンションまで行ったって?

2時間以上……ヘタすりゃ3時間近くかかるわ。


もっと若い頃……金がない時代に、原も何度か似たような距離を歩いたことがあったので見当が付く。


「……軟禁されただけじゃなく、まさか……結婚相手に無理矢理……?」

「え……」


原の指摘は、要人の頭に咲いたお花畑を一瞬で散らした。


「何のことだ?……話し合って、穏便に勘当されたと彼女は言っていたが……」

「はあ!?まさか、社長、それ、信じられたんじゃないでしょうね?……あいつの親、外面(そとづら)はいいけど……佐那子さん、子供の頃、何度かオヤジに殴られて、頬を腫らしてました。……娘が自分の計画に逆らって、穏便に済むわけないと思いますが。」


途中で言葉を改めたことで、原は要人により強く訴えかけた。


要人は愕然とした。

「……そうか。……確かに……雨の中、傘もささず、靴も履かず……普通は、家を出るにしても、靴は履いてくるな。……すまない。……彼女の笑顔に、また……騙された……。」

「……らしくないですね。そーゆーのも、色惚けって言うんでしょうかね。」


歯に衣着せない原の言葉に、要人は何も言い返せなかった。


「とりあえず、すぐに佐那子さんを別の場所に移しましょう。ホテルか……ああ、稲毛さんに頼みましょうか。」


動揺している要人を待つこともなく、原は動き出した。



さすがに、こういう事態には馴れているな……。


要人は、原の動きと、細かい報告で、次第に落ち着きを取り戻した。


ひとまず佐那子のことは原に任せて……俺は俺にできる手を打とう。

……今日は仕事にならんな……こりゃ。

要人は早々に業務を諦めて、会社を出た。



佐那子の親と要人との間には、佐那子以外に何の縁もゆかりもない。

しかし、それは直接の縁。

ヒトを介せば、いくつもの縁の糸が繋がっていることを、既に要人は掴んでいた。


たとえば、佐那子の親の戦友やライバルの政治家達の中には、既に献金を重ねて癒着している輩が何人もいる。

意外なところでは、佐那子の母親は、天花寺恭風の妻の静子の母親とPTA役員を同時期に何度もしていて、今も年賀状のやりとりがあるそうだ。

もっと言えば、若かりし頃、要人をツバメのようにかわいがり、社会勉強と教養を学ぶ場を与えてくれた藤巻夫人……天花寺の大奥さまのご学友だったあの老婦人は、佐那子の家の檀那寺の名誉役員で、幼い佐那子を覚えていた。

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