いつも、雨
……まったく、この兄は……。

いつまで竹原に甘えるつもりなのかしら。


「恭匡さんにも悪影響ですから、ご自分でお書きになったら?いつまでも代筆なんて……迷惑でしょう。」


すると、恭風の目が潤んだ。

「……そうか。……せやな。」


そう言って、恭風はハンカチを両目にあてがい、むせび泣いた。



びっくりした……。

葬儀の間、恭匡だけじゃなく、恭風も泣かなかった。

緊張感が解けて、泣いているのだろうか……。


かける言葉もなく、領子は黙って車窓を眺めた。


祇園祭の宵山とは言っても、鉾町以外は、込み合ってはいない。

浴衣の男女、家族連れが、歩いているぐらいだろうか。


「……何年ぶりかしら。祇園祭。……後で行ってみようかしら……。」


ぼんやりそうつぶやいたけれど、さすがに身内が亡くなった日に祭りはダメだろう。

領子は、口許を手で覆って自省した。




天花寺(てんげいじ)家には、薄暗くなりかけた頃に帰着した。

「はー、終わった終わった。おい!塩くれ!」


恭風が玄関先でそう声をかけると、升に塩をいっぱい盛った年嵩の女性が駆け寄って来た。

自分の妻が亡くなったというのに、恭風はサバサバと清めの塩を踏みつけて、家に入った。



眠そうに目をこすりながら、恭匡も車を降りた。


「ありがとうございました。」

領子は車を降りながら、ドアを開けて立っていた運転手にそうお礼を言った。


運転手の井上は目を細めて領子を見て、それから深々と頭を下げた。


領子は知らなかったが、運転手の井上も荒井も……秘書の原も、間接的に領子に恩義を感じていた。

かつてホームレスの鴨五郎は身の危険を感じて、たまたま独りで訪れた領子に命綱とも言える大切な資料を隠した貸倉庫の鍵を託した。

その後、すぐに鴨五郎は組闘争に巻き込まれ暴行を受けた。

領子が来なければ、鴨五郎は消されていたろうし、元組長……つまり井上の兄の名誉は損われたろうし、逮捕どころか、一派ごと始末されただろう。

今こうして穏やかに暮らせているのは、不用意に手出しせず管理し続けていてくれた要人と、届けてくれた領子のお陰と言っても過言ではない。

もちろん彼らにとっては、自分のことより、身内の顔をつぶさず守り通せたことのほうが大事だが。

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