いつも、雨
「井上です。社長、今、天花寺邸です。……はい。無事にお送りいたしました。……東京のお嬢さんが祇園祭に行きたそうでしたわ。」

車に戻って、井上は要人に電話で報告した。


『……ご苦労様でした。……祇園祭ですか……。……浴衣を届けさせることは簡単ですが……お一人では……。……恭風さまと恭匡さまもご一緒してくださいそうでしたか?』


領子のたわいない戯れ言すら全力で叶えようとする要人に、井上は苦笑を禁じ得なかった。

「いえ。天花寺の旦那さまには全くその気はないようにお見受けしましたし、ぼっちゃんはすっかり寝入ってらっしゃいました。……お一人で雑踏に行かせるよりは……このまま私がお連れしましょうか?……車窓からの見学では、ヒトしか見えないでしょうが。」


鉾町は歩行者天国になる。

車では鉾に近づけないだろう。


井上の見え透いた煽りに、要人は……

『……わかりました。こちらで何とかいたします。ありがとうございました。お疲れさまでした。』

「では、失礼します。」


電話を切って、井上は肩を揺らして笑った。



……佐那子さんにバレないように、まあ、しっかりやれよ……ぼん……。



まだ安定期に入っていない佐那子とお腹の子を気遣って、新婚なのに要人はご無沙汰だろう。

要人が佐那子を愛していることは間違いない。

しかし、領子のような美女を……たとえ人妻になったとしても、そう簡単に忘れられるはずがない。



あれは……確かにイイ女だな。

去勢を張り続ける弱い女。

鼻っ柱をへし折って……ぐちゃぐちゃに泣かせて可愛がってやりたくなる。


ぼんの愛し方は、あの女をつけあがらせるだけのような気がするんだが……。




ふーっと、井上は息をついた。




ま、俺の知ったこっちゃねえや。

ぼんもお嬢さんも既婚者だし、住居も離れている。

たまに逢う関係になったとしても、家庭を守る分別はあるだろうよ。

……とりあえず、荒井と原には言い含めておくか……。

佐那子さんには絶対にバレないようにな。




電話を切った要人の行動は早かった。

領子の着物をずっと準備してもらっている呉服屋に電話をかけ、合いそうな浴衣を準備してもらうように頼んだ。

既製品を置いている店ではなかったが、手縫いをあきらめミシンでならば1時間で誂えると言ってくれた。
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