いつも、雨
基本的に、訪問の連絡を受けている客人しか迎えない家なので、いつものことなのだが……昨日、主人の不興を買っているので、一応の礼儀を通した。


それでは……と。

要人はおもむろに、預かっている鍵を出した。

門の横の戸口の鍵を開けて、くぐって入った。

そして、いつも使っている家人用の玄関の鍵を開けた。


「こんばんはー。竹原です。」

少し声を張って、奥に向かってそう叫んだ。


すぐに、飛び出してきたのは、この屋敷のばあやではなく、領子が連れてきたキタさんだった。


「まあ!まあーっ!竹原さんっ!まあっ!!……ご立派になられて……」

キタさんは涙を浮かべて、声を詰まらせた。


「こんばんは。キタさん。お久しぶりです。お元気そうですね。……みなさま、もう、おやすみですか?」

「……ええ。ええ。……恭風さまは、お酒を召し上がって……寝てしまわれたようです。恭匡さまも、先ほど、領子さまが寝かし付けられました。」


ニコッと要人はほほえんだ。

「では、領子さまはまだ起きてらっしゃいますね。……せっかくの宵山なので、誘いに来ました。領子さまにお伝えください。少し、鉾町をそぞろ歩きいたしませんか?……キタさんも、ご一緒に。」


とってつけたような誘いに、キタさんは苦笑いした。

「私に気を使わなくてけっこうですよ。領子さまにお伝えします。少しおまちください。……浴衣……あるかしら……。」


パタパタ走る背中に、要人は慌てて声をかけた。


「こちらで準備してますので。喪服のままでもけっこうですよ。」

キタさんはうれしそうにうなずいて、奥へと駆けて行った。



「領子さま!領子さま!」

珍しく走ってきたキタさんに、領子は眉をひそめた。


「なあに?恭匡さん、起きちゃうわよ?」

キタさんは両手で口を押さえて、それでも小声で言った。


「竹原さんがお見えです。祇園祭の宵山なので、鉾町に連れてくださるそうです。お支度を。」

「え……。」


領子は、絶句して、かたまってしまった。



不意打ちすぎる……。

まさか、そんな……。

そんな風に、やってくるなんて……。

心の準備ができてない。


「領子さま。お早く。」

「……ねえや、でも……。」


オロオロして、昔の呼称に戻る領子に、キタさんはほほえんだ。

「浴衣も準備してくださってるそうです。大丈夫ですよ。お急ぎください。」


……恭風さまが起きてしまったら、ややこしいことになりかねない。

キタさんは戸惑う領子の背中を押した。
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