いつも、雨
不思議そうな領子に、要人は……言葉を飲み込んだ。

もう少し……このまま……かつてのように話したかった。


今夜やって来たのは、領子に会いたかったから……だけではない。

ちゃんと自分の口から伝えたかった。

……結婚したことを。

そして、妻が既に妊娠していることを。



最初は、風の便りにでも聞いて知ってくれればいいと思っていた。

しかし昨日の恭風の様子を見て、それでは自尊心を傷つけてしまうことを知った。


領子には、堂々と報告したい。

先に、恭風の口から聞いてしまう前に。

恭風を拗ねさせてしまった轍を踏みたくない。



だが……領子の少女のような笑顔の前に、要人の決心は揺らいだ。



「とりあえず、行きましょうか。……急いで、浴衣を仕立ててもらってますので。」

「……ありがとう……いつも……。」


逢えなくても、連絡がなくても……折々の贈り物が、領子の冷えた心を温めてくれた。

その都度、会社の住所に宛てて当たり障りないお礼状を認めたが……返事はなかった。


要人は、にこりとほほ笑んで見せて、……手を差し出した。

「足元、気をつけてください。どうぞ。」

「……ありがとう。」

恐る恐る、手を差し伸べた。



指先が……要人の手に触れた。

ただそれだけで、全身が甘く震えた。


……どうしよう……。

わたくし……変だわ……。

結婚しているのに……主人がいるのに……。

……竹原のことなんか、物心つく前から大好きだったのに……間違いなく、今まで以上に……強く求めている……。


竹原が、欲しい……。





車には、運転手も秘書もいた。

領子は慌てて、要人から手を放そうとした。

でも、要人は放さなかった。


「……彼らのことは、お気になさらずに。」

「そういうわけにはいきませんわ。」


さっと、領子は自分の左手を隠した。

つや消しの鈍いプラチナの結婚指輪が、まるで手錠のように冷たく重く感じた。



「……では、まだお帰ししませんが、先に『お土産』を。」

そう言って、要人はポケットから小さな箱を出した。
< 191 / 666 >

この作品をシェア

pagetop