いつも、雨
結局、天花寺家に足を運んだのは2日後の夜になってしまった。

驚いたことに、既に引越し準備が始まっていて、玄関にも廊下にも段ボール箱が積み重なっていた。



「……竹原か。悪いな。こんな状態やから、とてもゆっくりしてもらえへんけど、まあ、どうぞ。……急須も茶碗ももう片付けてしもたし、何も出せへんけど。」

ものすごく嫌味な口調で、恭風(やすかぜ)は要人を迎えた。



……まだ、俺に対する怒りの感情が消えてないらしいな……。




「いえ。お構いなく。……随分と急ですが、いつお引っ越しなさるんですか?」


領子の気配がしない……。

要人の胸がざわついた。


「荷物とわしは、明日や。恭匡(やすまさ)は、さっき領子に連れて帰ってもろたわ。……静子の浮気相手の男な、死んでしもたそうや。……聞かせとぉなかったのに、恭匡に聞かれてしもてなあ……。」


え……。

領子さま……もう……東京に帰ってしまったのか?


それに、恭匡さま……。


「恭匡さま、ショックでしたでしょうね……。」

「ああ。聡い子ぉやからな、……全部理解してしもて……ちょっと見てられへんかったわ……。」


恭風はそう言って、鼻をすすった。


「……では、もう、京都には……」

「まあ、わしは、遊びには来るわ。舞台もあるしな。……でも、恭匡は近づけたくないと思ってる。なかったことにしたいぐらいや。……こんなことなら、死んだ母の遺言通り、ちゃんと東京で出産して……そのまま東京にいればよかった……。ほんまに、かわいそうなことしてしもたわ。……全部、忘れてくれへんかなあ……。」


……なかったことに……。

身につまされながらも、要人は恭しく同調した。


「……恭匡さまのためにも……嫌な記憶は忘れていただきたいですね。……周囲の大人がなかったことにしてしまったら、あるいは、なかったことになるのかもしれませんね。」

恭風の目が潤んだ。

「そうか……。そう思うか?……そうか。……そうやったらいいなあ……。」


恭風は恭風なりに、息子に罪悪感を抱いているのだろう。


要人は、力強くうなずいて、恭風を励ました。

「ええ。なかったことに、いたしましょう。……私も、何でも、ご協力いたします。」


母子手帳の改竄が必要なら、何とかするさ。



恭風は涙ぐんで、うんうんと何度もうなずいた。

……よくわからないが、何となく……要人に対する怒りや不信感は払拭できたようだった……。
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