いつも、雨
『では。明日。……ああ、恭匡さまのことは、私が何とかします。こっちで食事の世話をしてくれてたお手伝いさんに、東京の天花寺邸に行ってもらえるかどうか、頼んでみます。ダメでも、京都の料理を作れる者を派遣しますよ。ご安心なさってください。』


領子はようやく安堵した。

「ありがとう。竹原。本当に、ありがとう。」


ふっ……と、要人は笑った。

『電話なのが残念です。領子さまの喜ぶお顔が見たかったな。……甥御さんを可愛がってらっしゃるんですねえ。……少し……妬けますね。』


耳がくすぐったくなるような言葉に、領子の頬が緩んだ。

「もう。お戯れはおよしになって。……妬く相手が違うでしょうに。」


お互い、既婚者だ。

言わずもがななことをわざわざ言葉にしたのは、領子の自己保身だろう。


でも要人は、領子に高みの見物を許さない。

同じ沼に引きずり込んだ。


『よしましょう。これからも、冗談でもお互いの立場を責め合うことは、やめましょう。自分自身に跳ね返って、つらくなるだけです。……信じています。あなたの心が、俺だけのものだと。』


領子の背筋にふるるっと震えが走った。


身体の奥が甘く疼く。

懐かしい感覚に、持って行かれてしまいそう。


「わたくしの心は、わたくしだけのものですわ。」

何とか踏ん張ってみたけれど、ただの強がりでしかなかった。





その夜、領子は興奮して、なかなか寝付けなかった。

恭匡の様子を見てからお手洗いに向かう……と、渡り廊下の向こうがまだ明るいことに気づいた。

レッスン室だ。

夫の妹のかほりが、いるらしい。


夏休みに入ったとは言え、もう丑三つ時なのに。

……そろそろ眠られては?……なんてお声掛けすると、煙たがられちゃうかしら。


それでも領子は様子を観に行った。

防音扉の隙間に耳を付けると、音楽が漏れ聞こえてきた。


あら?

かほりさまのチェンバロだけじゃないわ。


軽やかに、鮮やかに、バロックオーボエが歌っていた。


……ま……あ。

こんな時間まで、あの子……尾崎雅人くんと、2人きりで……。


2人はもう、14才。

子供じゃない……。



どう見ても、互いを異性として愛し合っているのに……。
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