いつも、雨
翌日、領子は天花寺家を訪ねた。

運転手の磯田は、これまで以上に慎重な運転で領子を運び、お土産の入った軽い紙袋はおろか、小さなハンドバッグまで、持ってくれた。


玄関先には兄より先に、甥の恭匡が駆け寄って来た。

「おばさまー!」

そう叫んで領子に飛びつこうとした恭匡の前に、磯田がさっと割って入った。


不満そうな恭匡に、領子は屈んで話し掛けた。

「ごきげんよう。恭匡さん。あら、墨が……。書のお稽古をしてらしたの?」

恭匡の指に黒い汚れがついていた。

「うん!もう、漢字も書けるんだよ、僕。」

ぴょんぴょんはしゃいでいる恭匡が愛しくて……領子は、思わず抱きしめた。





兄はまだ眠っていた。

何となく化粧か香水の匂いが漂っている……。

深夜まで女性と遊んでいて、酔っ払って、シャワーも浴びずに寝た……というところだろうか。


「……なんや。領子か。おはよう。」

「おはようじゃありませんわ。とっくに午後ですわ。……恭匡さんは、お利口に書のお稽古をなさってますのに……。」


領子が小言を言うと、兄は顔をしかめた。


「子供と大人じゃ生活習慣が違うんや。恭匡は幼稚園に行くから早起きが習慣になってしもたけど、うちは、ずっと前からこうや。」

「威張らないでください。」

「……うるさいなあ。それより、急にどうしたんや?何か用か?」


領子はちょっと怯んで……それから、なるべく平静に言った。

「舅に言われて……報告に参りました。」


恭風の眠そうな目がパチリと開いた。

「離婚するんか!」


どっと脱力した。


「……どうして、そうなるんですか……。」

「どうしてって……いや、さすがに我慢できんくなったんかなあって……。」


我慢?

何に?

橘家?

それとも、千歳さま?


……何か……わたくしが知らないことを、お兄さまはご存じなのかしら。


遊び人の恭風のこと。

何らかの噂を聞いたのかもしれない。


領子は少し考えて、兄に鎌をかけるような聞き方をした。


「……昔に比べて、わたくし、我慢強くなりましたのよ。……お兄さまは、いつからご存じでしたの?」


すると恭風は目を丸くして驚いた。
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