いつも、雨
返事はなかった。

要人の答えに満足したのか、安心したのか……領子はほほ笑みを浮かべて、目を閉じていた。

スースーとかわいい寝息が規則的に繰り返される。


……もしかして……喰えないだけじゃなく、眠ることもできなかったのかな。


領子の目の下に隈に気づいて、要人は領子を抱き寄せた。


このまま眠ってしまったら……まずいかな。

キタさんが領子さまを起こしにくる前に、俺、起きられるかな。


……まあ……いいか……。


かすかな雨音と、かつて暮らした家の香りと、最愛のヒトのぬくもりが、要人を油断させた。









ドタドタと、廊下を踏み鳴らす足音が……近づいてきて、また離れて行った。


恭風さま……また、お太りになられたな……。


無意識の淵から、ふいっと要人は目覚めた。

外は、ほの明るい、


……朝か……。


要人は、そっと起き出した。

ぐっすりと眠っている領子を起こさないように……キスはしなかった。

領子の白い肩に布団をかけて、手早く脱ぎ捨ててしまっていた衣服を身につけた。


再び足音が近づいてきた。

トイレを済ませた恭風が自室に戻って寝直すのだろう。


要人は、ジャケットを拾い上げて、領子の和箪笥の陰に隠れた。


足音は領子の部屋の前で止まったが……障子は開くことはなかった。

ため息と、つぶやくような声が聞こえてきた。


「廊下濡れてるわ。……風邪、ひかんときや……。」



恭風さまは、領子さまが雨の中、庭に出たと思ったのだろうか。

それとも……俺が忍び込んだことに気づかれたのだろうか。


要人の逡巡を置き去りに、恭風は再び自室に戻った。




明るくなる前に出ないと、近所のヒトにでも見られると厄介だな。


要人は領子の部屋を出ようとして……少しためらった。


領子さまが目覚めた時、既に俺の姿がなかったら、また落ち込んでしまわれないだろうか。

急すぎて、今回は何の「お土産」も持っていない。


懐や胸ポケットを探って……愛用の万年筆に気づいた。


要人は領子の文机の便箋の1番上の料紙に、メッセージを書き残した。


<明日参ります>

走り書きと、黒い万年筆を残して、要人は天花寺家を抜け出した。


雨は止んでいたけれど、庭の草木は露でキラキラしていた。
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