いつも、雨
「それでも。信じたくないんだよ。……千歳との間に、恋愛感情がないことは、充分承知している。それでも、君は嫁としてよくやってくれていた。一方的に、君だけを責めることは、私にはできない。……話してくれないか。」

千秋の言葉は、領子を揺さぶった。


本当に……このかたは……なんて情の深い、温かいヒトなのかしら……。


領子はこみ上げてきた涙をまばたきで払った。


泣くことじゃない。

ずっと、もうずっと、覚悟してきたことですもの。

わたくし、ちゃんとしなきゃ。


領子はしゃんと背筋を伸ばして、舅に向き合った。

「いえ。責めてください。わたくしは、それだけのことを致しました。」


千秋の顔が歪んだ。


……責めたところで……今さらどうなることでもない。

事実は変わらない。

そして、領子は……謝罪はしても、悔いてはいない。

許しを請うてはいない。


いや。

むしろ、もしかしたら、こうして千秋にバレたことをきっかけに、橘家を出てしまうつもりではないだろうか。





エレベーターが一階に到着した。


「少し、話そう。……いいね?」

有無を言わさない千秋の口調。

もちろん、領子に拒否権はない。


ドアが開いた。

団体の宿泊客が到着したらしく、エレベーターホールにはヒトが溢れかえっていた。


その向こうに、要人の姿が見えた。

フロントでチェックアウトするのだろうか。


領子は舅に要人の存在を知られないように、すぐに目を伏せた。



千秋は要人には気づかなかったようだ。

「この時間なら地下のバーが、他に客もなく、静かだろう。」

そう言って、千秋はフロントのほうへと歩いて行く。


領子は……舅の後ろをスゴスゴと歩きながら……要人の側を通り過ぎる瞬間だけ、少し顔を上げた。



視線が絡みあった。



要人は、事情を察知した。



橘千秋氏に見つかったのか……。

しかし、俺には目もくれなかったということは……領子さまだけしか見なかった?

エレベーターの中で遭遇したのか?



要人は、領子を追いかけようとした。

が、領子は「来るな」とばかりに、後ろ手で要人を止めた。


要人は小さく舌打ちして、立ちすくんだ。
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