いつも、雨
「いや。そんな顔しなくてもいいんだよ。責めてないから。……昔の話だよ。本当に小さい頃。……あれでも、千歳の初恋は君だったんだよ。不器用な奴だろ?」

「初恋?」


驚く領子に、千秋はほほ笑んだ。

「ああ。物心つく前から婚約者婚約者と言われて、最初は恥ずかしがって邪険にしてたけどね。小学校に上がった頃かな。初恋を自覚してすぐに、君がお兄さんのお友達に憧れていることに気づいて、失恋したようだね。……しかし君は結局、結婚前に誰かとつきあうこともなかったし……結果的に、千歳は初恋相手と結婚できたというのに……上手くいかないものだね。」


「申し訳ありません。……千歳さまには……ずっと、嫌われていると思っていました……。」


初恋って……。

先におっしゃってくださったらよかったのに。

……いえ。

何を聞いても、わたくし……竹原を忘れることはできなかったわ……。



「やれやれ。……コミュニケーション不足だね。君たちも……私たち夫婦も……。こんなことでは、いかんな。」

千秋はそう自嘲して、首をぐりっと回した。


取り返しのつかなくなる前に、関係を修復しなければいけない。

「……これからは、家族で遊びに行こうか。旅行も。キャンプなんかもいいかもしれないな。」


「まあ……。……素敵ですね。」

領子は心から賛同した。


……姑も、夫も、気乗りしないだろうけれど……義妹のかほりさまもお誘いして……。


「かほりさまは、いずれは、尾崎くんと?」

「……そのつもりだよ。あれは、もともと規格外の子だ。どこに嫁いだところで、音楽なしには生きていけまい。……2人で切磋琢磨して幸せになってほしいものだが……。」

千秋はそれ以上は何も語らなかった。


その頃、尾崎雅人は音楽は音楽でも、畑違いの音楽業界で迷走していた……。




チェイサーのペリエを飲み干して、千秋はバーテンダーを視線で呼んだ。

「私はまだ少し飲んで行くが、領子さんは帰りなさい。……タクシーを呼んでもらったから。」

「……はい。」


領子は舅に従った。
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