いつも、雨
そして、佐那子の代わりに、日向子に言った。

「もとより、びた一文、いただくつもりはありません。が、書類は私どもで準備いたします。……原。明日の葬儀が終わるまでに頼めるか?……けっこう。」


部屋の隅に控えていた秘書が恭しくお辞儀したのを確認して、要人は傲慢な態度で指示するポーズをとった。

そして、声高に宣言した。

「佐那子は、こちらの鷄冠井(かいで)の家と家族に関する一切の相続権利を放棄いたします。裁判所から、相続放棄申述受理証明書が届き次第、またご連絡いたします。……では、これで。子供も小さいので、私ども家族は、お焼香を済ませましたら、先に失礼いたします。……みなさま、お騒がせいたしました。お義母さま、……また、改めて、お詫びさせてください。」


「おばあちゃん!また来るし!」

空気を読んでるのか読んでないのか……それまで黙っていた義人が、ボーイ・ソプラノでそう叫んだ。


シーンと……成り行きを見守ってきた部屋の空気が、ようやく解けた。


佐那子の母は孫の愛くるしさを被弾して、上手く返事できなかったようだ。



……やはり孫には弱そうだな。


要人は、義人の背を軽く後押しした。

義人は父からの勢いを得て、初対面の祖母の真ん前まで駆け寄ると、にこーっと好いたらしい笑顔で祖母を見上げて、両手を取った。

「おじいちゃんの話、また、聞かせて。」

「え……ええ。」

さすがに拒否できないらしい。

戸惑いの中に、こみ上げてくる喜びが顕著に見えるようだった。


「ありがとう!約束やで!」

掴んだ両手をぶんぶんと上下に振ってから、義人は祖母の手を放した。

そして、とどめににっこりほほ笑んだ。


佐那子の母の瞳が潤んだ。



……義人には「人たらし」の才能があるらしい。


家族の元に戻ってきた義人に、要人は親指を突き立てて小声で囁いた。

「グッジョブ。……しかし、葬儀会場であんまり笑顔を見せるもんじゃないな。特に会葬の時は、気をつけなさい。」

「はぁい。」


褒められたと思ったら、お小言ももらってしまった。


義人は肩をすくめてから、妹の由未と手をつないだ。

うれしそうに兄を見上げる由未に、

「笑ったら怒られるで。」

と、からかうように注意している義人に、要人は頼もしさと同時に一抹の不安を覚えた。

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