いつも、雨
「かまわんよ。……君、漕いでみるかい?」

一応そう尋ねてみたけど、佐那子は両手を振って拒絶した。


意図的に、要人は上流を目指した。

他のボートがいなくなり、造成中の我が家の庭までくると、要人はオールを上げた。

そして、船底をずいっと佐那子に歩み寄った。


姫にかしずく騎士のように、片膝をついて、要人は佐那子を下から見上げて懇願した。

「佐那子。離婚してほしい。君のことは愛しているし、感謝している。君には、何の落ち度もない。……すまない。私のワガママだ。できる限りのことはさせてもらうつもりだ。」



何を言われたのか、わからない。


佐那子は、現実感のない言葉に、首を傾げた。

「愛してるのに、離婚したいの?」


意味がわからない。

どうして?


ポカーンとしている佐那子の手を、要人は両手で包み込んだ。

大切なものを押しいただくように……。


「とても、愛している。君も。子供たちも。……できることなら、このまま……君たちを傷つけることなく、そばにいたかった。」

そう言って、要人は一旦目を閉じた。


俺は、狡い男だ。

酷い男だ。

……もうとっくに、地獄行きは決定している。


でも、それでも……家族の幸せを守るために……嘘をつきとおしたかった……。


去来する悔恨を振り払って、要人は顔を上げた。

そして、佐那子の目を見つめて、告白した。


「子供の頃から、身命をかけて仕えてきた御方がいる。そのかたをこの先、お守りするために、身軽になっておきたい。」


「え……それって……天花寺(てんげいじ)さまよね?……今のままのご支援では、ダメなの?……どうして、今さら……。」


佐那子は、まだよくわからない。

首を傾げて、それから、ハッとしたらしく、前のめりになった。


「わかった!会社、うまくいってないの!?来たる倒産に備えて、個人資産を私たちに贈与してから、離婚するってこと?隠し財産!?」


要人は苦笑して、ポンポンと、佐那子の手を優しく弾ませて撫でた。
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