いつも、雨
玄関で物音がしている。


「……百合子さまが、お帰りのようですね。」

要人はそう言うと、居ずまいを直した。


「ご挨拶させますわ。」

領子はそう言って、すっくと立ち上がった。


一旦、部屋を出て、すぐに百合子を連れて戻って来た。


要人はおもむろに立ち上がると、深々と頭を下げた。

「こんにちは。百合子さま。ご無沙汰いたしております。」


百合子は曖昧ながら軽く会釈をした。

「ごきげんよう。」


たった一言ながら、百合子の要人への態度が良化していることに、領子は少しだけ安堵した。


百合子は、まだ戸惑っていた。

要人は、物心つく前から、母の実家に仕える使用人だった男程度にしか認識していなかった。

しかし要人の息子の義人に恋をしてしまった……。

それまでの百合子の価値観では、あってはならない事態だ。

百合子の葛藤は、苛立ちとなり、制御しきれない感情に振り回された。

どう足掻いても、初恋は否定できない。

結局、認めざるを得なかった。


この……これまで見下してきたこの男によく似た面差しの、義人さんに……少しでも好きになってほしい……。


そのためなら、努力を惜しまない。

百合子は、せっかく編入させてもらった居心地のいい学校にそのまま進学はせず、義人の受験する偏差値の高い学園を自分も目指すことを決めた。

同じ中学に進んだところで、その時、義人は高校に進学する。

厳密には同じ学校ではない。

しかし、中学と高校は同じ敷地にあるため、姿を見ることぐらいはできるだろう。


百合子はその日のために、受験勉強に勤しみ、自分を磨くことにした。

恋心は起爆剤となり、百合子はひたむきにがんばっている。



……目の前の男は、義人さんのお父さま……。


そう思えば、かつてのように邪険な対応はできなかった。




「お逢いする度に、お綺麗になられますね。……学校は楽しいですか?」

そう尋ねると、百合子はぎこちなく微笑を浮かべてうなずいた。


要人もまた、目を細めてうなずいた。




……同じ表情……。

領子は、改めて、2人が血の繋がった実の父娘だということを恐ろしく感じた。


姿形は似ていなくても……やはり……。


取りすましてはいても領子は青ざめていた。

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