いつも、雨
ぱたぱたと軽い音を立てて走り寄る妻は、やはりいくつになっても少女のようじゃないか。

お行儀よくはないが、自分に向かって駆け寄る妻に、要人は相好を崩した。


「おかえりなさい!」

「ただいま。珍しいな。肩凝りか?」


何の気なしにそう尋ねると、佐那子は首を傾げた。


「そう……なんでしょうね?……何だかこのところ、夕方から頭痛になることが多くて。」

「……どれ……。」


手を伸ばして、佐那子の白い首筋に触れた。

少し、かたい気がした。


「……ああ。凝ってるようだな。機械より、ヒトの手のほうが効くんじゃないか?マッサージ師か鍼灸師を呼ぶか。」


要人が言い終える前に、斜め後ろに控えていた秘書の原がスマホをいじりはじめた。


慌てて佐那子は原を止めた。

「大丈夫よ。いつも温泉であったまれば忘れちゃうから。」


原は黙って、要人を見つめた。

要人は忠実な秘書に苦笑して見せながら、再び佐那子の肩に指を這わせた。

くすぐったそうに首をすくめた佐那子の唇から小さな笑いが漏れ出た。




希和子の目には、2人はどう見ても、仲睦まじい夫婦のように思えた。

「そっか。お母さん、お父さんなら大丈夫でしょ?マッサージしていただいたら?」


希和子の何の気なしの言葉に、佐那子が動揺するのがわかった。

それで改めて要人は知った。

自分以外の男とつきあったことすらない佐那子は、たとえプロのマッサージ師でも体を触らせることに抵抗を感じている、と。


……そうか。

何十年連れ添っているのに、俺はそんなことも認識していなかったのか。


顔を背けて笑いを噛みしめている秘書の原を一瞥してから、要人は困っている佐那子ではなく、希和子にほほ笑みかけて、うなずいて見せた。




その夜、要人は佐那子に本格的にマッサージを施そうと試みた。

最初は遠慮していた佐那子も、観念して、くすぐったさと痛みを甘んじて受け入れた。

加齢で血流が悪くなったのかもしれないが、少しさするだけでも、佐那子の身体は普段通り柔らかくほぐれた。

ついでに乳癌検診と称して、小ぶりだが柔らかい乳房を弄び……流れで、抱いた。


優しい、穏やかな時間だった。
< 445 / 666 >

この作品をシェア

pagetop