いつも、雨
腕の中でぐったりしている妻の上気した頬に、要人は満足そうに言った。

「全身の血流が良くなったんじゃないか。」

「……明日は全身筋肉痛かもしれないけど。」


佐那子の苦笑に、要人は大まじめに言った。

「では明日の夜も俺がマッサージしてやるとしよう。なに、遠慮することはない。」


むしろご機嫌そうな夫を、佐那子は不思議そうに見つめた。


忙しいヒトだから……それに、要人自身も佐那子に肩を揉めだの、腰を押せだの言ったことがなかったこともあり、夫婦間でマッサージをし合うことは皆無だった。

でも、負担にならない程度に、むしろ甘えるべきだったのかもしれない。



佐那子は伏し目がちにうなずいた。




「しかし、希和子はよく気の利く子だな。」

しみじみと要人がつぶやくと、佐那子はふふっと小さく笑った。

「あなたと原くんが義人をイジメるから、義人の身体、ストレスでがちがちに固まって頭が痛くなるんですって。……たぶん……希和ちゃんが、マッサージしてくれてるんじゃないかしら。」


要人の頬がさっと強張った。


不肖の息子の話は、おもしろくない。

どんなに優秀でも、義人には要人のような気概がない。


どこまでも会社を大きくしたい要人にとっては、守るために縮小しか考えていない義人が不甲斐なく思えた。


「あいつは、半人前のくせに、偉そうに希和子にそんなことをさせているのか。」


まるで言いがかりのような夫の口調に佐那子は笑った。


「もう。わかってるくせに。義人が無理強いするわけないでしょ。ありがたいことに、希和ちゃんが義人を癒してくれてるのに。……そんな言いかたしてはったら、私も、やっぱりあなたにお願いできないわ。」

「……ばかばかしい。」

要人は一笑にふして、佐那子の頭を抱えるように抱き寄せた。

ふわり……と、甘すぎない草花の香りが立った。


佐那子の香りだ。

妻が好んでつけている香水は、鈴蘭。

決して不快な香りではないし、嫌う理由もない。



しかし要人の嗅覚には何の感慨もない。

領子の身にまとう梅の香りには、鼻孔のみならず、全身が、心がざわめきたつというのに。


……今、領子さまも……一夫くんの腕に抱かれて俺のことを思い出しているだろうな……。


なぜかそう確信できた。

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