いつも、雨
「しかし、橘のおじさま、心配ですね。……腸閉塞って、症状ですよね。原因は……腫瘍じゃなきゃいいんですけど。」

翌日の朝食の時、義人は敢えて「癌」という言葉を避けて嘆息した。


佐那子と希和子は、驚いた顔で義人を見た。

そこまで考え及んでなかったらしい。


要人(かなと)は黙殺しようとしたが、妻に不安気な視線を向けられて、渋々口を開いた。

「大丈夫だろ。今どき、癌は不治の病というわけでもあるまいし。」



……本当に……そうか?


自分の言葉に、要人は心がざわめくのを自覚していた。



もし、手の施しようのないほど進行している癌だったら……遠からず、一夫くんは死ぬかもしれない。

領子さまが未亡人になる……?

俺は……その時、俺は……また……。



想像するだけで、要人の身体の奥が熱く滾った。





その日の午後、佐那子は御見舞を携えて、一夫を見舞った。

一夫は、いつも通り大きな声で笑っていた。

「奥さん!わざわざすんません!や~、死にかけましたわ!」

「ま……あ。大変でしたのね。」

目の前のいかにも健康そうな快活な笑顔との乖離に、気の利いた言葉が出てこない。

死にかけたようにはとても見えない。


むしろ、傍らにお行儀よく座っている領子(えりこ)のほうが、三途の川の渡し船に乗っているような顔をしている。

青白い肌に、腫れぼったいまぶた、充血した眼。



……泣き腫らしてらしても、お化粧されてなくても……美人は美人なのね……。


やるせなさを隠して、佐那子は領子に差し障りのない挨拶をして、携えてきたお見舞の品々を紙袋ごと手渡した。


「御心遣い傷み入ります。」

どう見てもボロボロなのに、領子は背筋を伸ばして、気丈にそう応えた。


一夫は、紙袋を覗き込み、うれしそうに言った。

「おおきに。今日来てくれて、よかったですわ。明後日、手術ですねん。今日いっぱいは何食べてもいいそうです。……奥さんも、何か食べはりますか?」


佐那子は慌ててかぶりを振ったが、一夫の言葉を受けて、どこからともなく姿を現した、見覚えのある年嵩の女性が、ケーキを皿に取り分け始めた。



たしか、「キタさん」とおっしゃったかしら。

お手伝いさんが病室にいらっしゃるということは……領子さまも、ずっとこちらにいらっしゃるのね……。

一夫さんは、こんなに明るいけれど……手術って……。
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